散歩・橋立




     2010年5月15日(土曜日) 晴。

     極端な寒暖を繰り返す今年の気候だが、また温かくなった昨今、何時しか暦も5月半ば
     になった。
 
     新緑の宝蔵山にもぶらりと思って朝家を出発する。
     上高柳集落からと思ったが、久し振りに小乙集落から登る事にする。
 
     細い林道で無理をしないで沢を越える手前に車を停めて歩いた。
     何年ぶりだろうか、懐かしい風景を画像に収めながら歩く。
 
     この小乙沢は、昔は鉛を採掘した鉱山跡があり、沢や周辺の山肌は岩盤が沢山ある。 
     当時は遊郭もあり、新鮮な魚も出回って賑わっていた時代もあったという地域である。

     歩くと沢を利用した水風呂や選鉱場、鉱山後、坑道等々あちこちにその名残を見る事が
     出来る。

     山道を登るとぶなの木が植生されている所があった。
     周辺の山は杉が多いのでぶなの木が植えられている事を嬉しく思って立ち止り眺めた。

     途中、小乙集落と高柳集落への稜線分岐の手前から橋立へのトラバース道を選択する。
     この登山道は昨年の藪刈はされなかったようで半分藪状になっていたが、水源地に出

     る新ヶ沢への登山道は分かり難いものの藪にはなっていないのが幸いであるが、実際
     新ヶ沢への登山道の状況は数年前は藪で進める状態ではなかったが、現在どうなって
     いるかは不明である。

     藪を分けて新ヶ沢への分岐前から藪状でなくなり若ぶな林が出て来た。
     新緑から緑も深まって来たが、若ぶなの白い幹に緑が映えて眩しさを感じてこんな近い
     所でぶな林を歩ける事に満足し、深呼吸をしながら山道を歩いた。

     大きな小乙沢もだんだん小さくなり、やがて伏流水が流れる源流となり、そして宝蔵山
     と権ノ神岳の鞍部・橋立に着いた。

     時計を見るとお昼なので、腰を下ろしてお昼とする。
     宝蔵山へは、もう1時間あると登れるが、今日は散策として宝蔵山は断念をする事にし
     て高柳集落に降りる道を確認をし次回はこのルートを登って見ることにする。

     帰りは高柳、小乙集落の分岐稜線から下山する事にして進み、分岐から高柳側に植え
     られたぶな林まで下って見る。

     今年残雪のある時ここを通り過ぎたが、雪が消えたらカタクリの葉が一面に茂っていた。
     雑木が刈り払われたらカタクリが一斉に芽を出したようである。

     雑木が生えれば別だが、芽をだした雑木が刈り取られれば近郷の山では私の知る範囲
     では一か二番となるであろうと思われるほどのカタクリの群生地と化していた。

     そしてぶなの植生は50年100年後には素晴らしいぶな林になるであろう。
     ぶなの植生は山の保護だけでなく、環境保全は川上から川下までと言われ、海と魚の
     保護も川上からという考えが地元の山で実施されている事に有難いと思った。

     稜線分岐に戻り、小乙集落の林道に戻りぶな林とカタクリの群生地である個所を見定め
     て変わり行く地元里山の良さを再認識をした。





川底は岩盤が多い 車を置いて杉林を歩く
岩のテラス状の山肌 鉱山跡採鉱した鉛の置き場所か?下流には選鉱場がある。
山の神様 鉱山を採掘した当時祀られたかも? 小乙川、風光明媚な小さい滝
雪崩れて積もった残雪の空洞 当時鉛を掘り出した鉱(道)窟、埋もれた坑道は沢山あると思う
登山道のキジムシロ イワカガミ
小さな雑木が刈り払われぶなの苗木が植栽されていた 藪状の橋立てへの登山道
若ぶな林が出て来た 眩しくもあり清々しいぶな林だった
こんな素適なぶな林、以前は気が付かなく歩いていた 小乙川の源流
源流の上にバイケイソウの蕾が やがて橋立に
今年4回目の橋立 権ノ神岳を眺める橋立周辺はすっかり緑化した
お昼を食べて宝蔵山方向に 宝蔵山も雪が消えて緑に変身
粟ヶ岳と権ノ神岳、やがてひめさゆりが咲く初夏を迎える あれ?たムシバと違うようだ?
モクレン科に違いないが名前は・・・? またぶな林をくぐり抜ける
緑に映えるミツバツツジやタムシバを楽しみながら歩く 野いちごの花もあちこちに
分岐に到着 上高柳側のぶなが植生された所、全面にカタクリが群生していた