独身時代の山
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2010年5月20日記録編集



    独身時代の山記録の一端を4ページに分けて整理した。
    登山らしき登山は1961年(昭和35年)の18歳が初めてであった。

    アルバムで記録を振り返ると翌年の5月3日に五頭山から菱ヶ岳に縦走してから
    山の素晴らしさと良さを知ってか、職場の山岳部にも仲間入りして登山の回数が
    増え行った。

    この頃から軽いカメラを持って山の景色を撮って眺める事も山登りの趣味の延長
    となり、おぼろげながらも過去の記録を辿って綴る事が出来た。



1961年
(昭和35年)8月78日

初登山の粟ヶ岳

この時の粟ヶ岳が初めての登山であった。夏の暑い時であり、
ニコニコ庵という粟ヶ岳の小俣にあった宿で前泊して宿の裏から
登った記憶があるが、今はこの登山道も宿もなくたった。

つらい登山に懲りて二度との登らないとこの時思った。
数日して登った粟ヶ岳を遠くから眺めると
何故かまた登りたくなり、以来山登りが好きになってしまった。

自転車で出かける ニコニコ庵に前泊
午の背で休憩 頂上にて
                   

吹雪になった粟ヶ岳


1971年(昭和40年)4月4日、粟ヶ岳登頂

下山はホワイトアウトになり、加茂山岳会の人達の誘導で下山する

              


紅葉の御神楽岳を周回する


1964年(S38年)10月13日御神楽岳湯沢の出会いで前泊、
湯沢の頭、御神楽岳、本名御神楽岳と右から左尾根を一周する。
岩肌に映える紅葉が印象的で今でも御神楽岳は紅葉時期が一番と思う。



この頃は、枕元には何時も山の本があり寝る前に
本を眺めて寝る毎日であった。

日曜日には山に出かけると調子が良く一週間の
仕事も苦とならなかったが、山を休むと調子が悪い
程であった。

職場ではかなり山好きな人が沢山いたが、私はこの
頃から、山を楽しむ尾根歩きを目指し、沢登りや岩登
りを誘われたが参加しなかった。

この御神楽岳の冬山登山を何回も誘われたが、危険
を伴う登山でなく、雄大な山を眺めながら画像に収め
て楽しむ登山は当時も今も変わらない。


この時の御神楽岳登山を終えて帰る時、数人の集落の
人が岩登りで滑落した人の救出に出かける所だった。

登る時出会った集落の人が私に「お前だと思ったよ」と
声をかけた事を今でも覚えている。

御神楽岳は、下越の谷川岳と呼ばれ、尾根歩きをして
岩肌を眺める山として好きな山である。

だから、頂上まで行かなくとも満足できる山なので途中迄
した山登りは〜3回はあると記憶している。

この頃は、単独でよく出かけた。
谷川岳始め、八海山、白ヶ門岳〜巻機山、苗場山やこの
御神楽岳もそうであった。



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